2007年12月12日

ラーシュヤンソンに会った

12月9日の矢野顕子のコンサートの事を前回書きましたが、なんと、失礼してしまったことがありまして、お詫びと共にその方のことも書かねば、、、、。それは、私の3期上のスウェーデン在住JazzBassistの森泰人さんです。書き忘れてしまいました。ごめんなさい。いや書き忘れていたのではなく、書き残していたのです。(同じことか??)森さんは私が中学生の頃、母校軽音楽部でベースを演奏していて、もちろん上手い方なのですが、体がものすごく大きく、どこから来たのか知らないけれど、グワンジ森と言う、なんだか、雰囲気を分からせてくれるような、くれないような、アダ名がついていました。アッコのコンサートの時もアっコと一曲セッションをしていました。話はその前の日のことになりますが、青山にあるボディー&ソウルと言うJazzculbで森さんが、僕のこよなく愛するスウェーデン人のピアニスト、ラーシュヤンソンとのライブをしました。ラーシュは本当にやさしく、面白く、ロマンティックな心を持ったピアニストです。
私のお店の壁には、彼のCDジャケットが何枚も飾ってあります。興味ある方は、2ヶ月ほど前のエスカイヤー、ニューヨーク特集の号のアイビーに着いての記事を見ていただければ、私の移っている写真のバックの壁が彼のCDジャケットで埋め尽くされているのが分かると思います。ラーシュヤンソンは、本当に美しい、ロマンティックな音を聴かせてくれます。あの人間性が音ににじみでてくるのだろうなぁと思います。実は、好みの曲は、すでに音をコピーしてしまっているのですが、森さんが、曲集の本が何冊かありますとアナウンスをするものだから、すぐに買ってしまいました。私はサインはもらわない主義なのですが、曲集を持ってバックステージで会話をしていたら、メールアドレス、サインをその曲集の本にしてくれました。おまけにメールをくれれば、そこに載っていない自分の曲をメールで送ってくれると、まぁなんと優しいお言葉をくださいました。数分しゃべっていて、彼の優しいまなざし、分かりやすい英語、優しい言葉に感激!!あの音の源はコレだ!!と思いました。僕の個人的思い込みの推薦版ですが、ラーシュヤンソンのバラッドを是非聞いてみてください。クリスマス前に優しい気持ちになれる事、間違いなし!そして、心を穏やかに、癒してくれること間違いなし!!
会ってみて、ますますラーシュヤンソンが好きになりました。森さんも僕にFREDと言う、曲の楽譜をくださいました。昨日は改装中の部屋でビニールで囲まれているピアノを開け、モアヒューマンと言う曲と
マリオネットと言う曲を弾いてみました。マリオネットと言う曲に関しては、イントロも書いてあって、どうしてこういう音が、思いつくのかと愕然としてしまいました。社交辞令かもしれないけれど、ラーシュは、スウェーデンに来たら、私の家に寄りなさいといってくれたので、今年の初めまで、ボストンのバークリー、バークリーと騒いでいた私は、一転スウェーデンに行ってラーシュに習いたくなってしまいました。そろそろ本題に入っていくぞーーー!!  


Posted by ピアノッチ at 14:51Comments(0)

2007年12月10日

スパルタ先生

しばらく、お休みをしていました。と言うのは、家を改装している為に、コンピューターでのインターネットが自由にできない状態にあります。久しぶりに 、渋谷、青山、表参道界隈で有名だった、スパルタピアノ先生について書き綴っていきます。その前に、昨日(12月9日)母校青山学院のPS講堂と言う思い出深い講堂がなくなってしまう前にと言う名目で、矢野顕子さんのコンサートがありました。久しぶりに、矢野顕子さん、NHK 大河ドラマの音楽で有名、又、さだまさしのアレンジャー、指揮者で有名な渡辺俊之さん、私、田尻さんと言う、高校時代にクワルテットを組んでいた4人が再会しました。矢野顕子さんと、私はピアノとフェンダーローズの二台を弾き、渡辺俊幸さんは当時、ドラムをたたいており、田尻さんはベースでした。やはりアッコはうまいし、独創的だし、サウンドが素晴らしい。コンサート後懇親会で思い出話などをチョックラしたりしていたけど、彼女はやはり人気者なので、いろいろな人から写真を一緒にとってくれとせがまれ大変そうでした。でも、高校生時代の、あの突っ張ったアッコがあんなに丸くなってしまったのには(人間的に)ビックリさせられました。何倍にも人間的に大きくなったって感じがしました。渡辺さんも人間的にゆったりとして、やさしく、気取らず(当時からも)やはり素晴らしい人でした。赤い鳥の15枚セット?のCDボックスのライナーノーツの中に、僕のことを書いてくれてありがとうとお礼を言ったら、ここのところいろいろなところで、カオルのことを話したり、書いたりしているよと、やさしいことを行ってくれました。田尻さんは、私のライブに良く来てくれるので、良くお会いしていますが、相変わらず真面目を絵に描いた人みたいです。イントロが長くなりましたが、昨日があまりにも懐かしく、楽しかったもので、、、、。さてさて私のピアノ人生を大きく変えてくださった、スパルタ先生についての話に入りましょう。前に簡単に先生のことは説明しましたが、とにかく、厳しい、怖い、気難しいの3Kです。まずは鬼のような目つきで、鉛筆を指揮棒代わりに持ち、曲に合わせて歌いながら、その鉛筆を2~3本へし折るのです。これは、つくり(作り話)ではありません。ドレミファソミド~~~。と言うフレーズが在ったとすると、鬼のような大きな口を開け、ドミンゴのような大きな声で、ドレミファラパポンって酔いしれながら歌い、鉛筆で楽譜代(当時はアップライトのピアノだったので、5~6cm出っ張っているところ)のヘリを叩き
興奮しながら鉛筆をへし折るのです。必ずへし折ります。レッスン内容に入る前に、そのほかどんな虐待があったかを説明いたします。ある曲(簡単なソナチネの中の曲)のジャズでいえば、サビの部分、クラッシックでいえば、ちょっとした楽章が変わったみたいなところ?といえば分かってもらえるでしょうか?まぁそんな所の、歌い方、表現が、自分の解釈と違ったモノならピアノに向かって左側に座っているスパルタ先生は両手で私を突き飛ばし、‘‘チッガーーーーウ’’と言って椅子のはるか向こうまで横っ飛びさせてくれました。子供部屋の模様替えをしてピアノに向かって右側に座った時も(いつも殴られて、ぶたれて、左半面があざができていたので、左側に座らせないために左側を親の部屋のふすまにくっつけた為)右からの相撲で言えば押し出しで親の部屋までふすまをぶち抜いて飛ばしてくれました。次の日に学校へ行くと何も言わなくても、みんな、‘‘昨日、ピアノだったんだ~~’’と言っていました。
前に書いた、おととし亡くなってしまったコンチャン(近藤君)も、ほぼそれに近い状態でした。ほんと、彼が生きていてくれたら、この真実証明してもらえるのに、、、、。ひどいときは、間違えたとき、、‘‘チッガーーーーウ’’と言って弾いているのに、突然ピアノのふたを閉められたことがあります。さすがに閉めるまで、逃げられる時間をくれていた気がしますけど、一歩間違えば、、、と思うとぞっとします。次回から、どんなレッスンだったかを、書いていきます。クラッシックしか音楽を頭に描けないスパルタ先生と、Jazzpianoに気持ちが傾いていく小学生、中学生、高校生との確執、音楽観の戦いが始まります。今日は、このへんで!!最後に、何度書き換えても渡辺俊幸の幸が之になったまま直りません。渡辺さんごめんなさい!!  


Posted by ピアノッチ at 20:11Comments(0)